第3回 ~EXO~H.O.T~KANGTA~
K-POP界を牽引しているボーイズ・グループの変遷①

今回は、K-POP界を牽引しているボーイズ・グループの変遷①をお送りします。今では大きなカテゴリーとなったボーイズの歴史。一度にすべては語れないので、H.O.Tから始まったボーイズ・グループ序章、というテーマでお送りします。最近K-POPに魅せられた方にもわかりやくすお伝えできればと思います。


写真協力:Fm yokohama「Radio HITS Radio」


S.M.ENTERTAINMENTの原点

日本公式デビューを前にして、11月6日から東京ドーム3Days、京セラドーム3Daysが発表になったEXO。もちろん、すぐに叶ったドーム公演ではありません。2012年の韓国デビューから、日本のK-POPファンの間ではSMTOWNなどの出演を通じて人気が上昇し、昨年はアリーナ・ツアー全国4か所12回公演を成功させ、ドームへのステップを作ってきました。
それにしても、これは公式デビュー前にしての快挙。K-POPブームは沈静化されたという噂は、噂にすぎないと立証してくれているグループの1組が、EXOといえます。(ちなみに前回紹介した防弾少年団ですが、新曲「FOR YOU」が、K-HIPHOPから初めてのウィークリオリコンウィークリー1位に輝いています。)

EXOが所属するS.M.ENTERTAINMENTは、これまでにも、SHINHWA東方神起SUPERJUNIOR、SHINeeなど数多くのボーイズ・グループを輩出しています。振り返れば、音楽業界にソテジ・ワ・アイドゥルが一世風靡して以降、バラードやトロットが中心だったK-POP界に、革命児として活躍したソテジ・ワ・アイドゥル。その後数多くの後輩を誕生させました。S.M.ENTERTAINMENTのイ・スマン会長は、そういった時代の流れをいち早く取り入れ、1996年H.O.Tをデビューさせたのです。

音楽業界の枠を大きく打ち破ったH.O.T

High Five Of Teenagersという意味をもつH.O.Tは、10代の若者の代弁者として存在するという企画で作られ、新しい音楽、新しい若者文化の象徴となるべく生まれたのです。ファッション、カリスマ性、どれをとってもこれまでのK-POPにはなかったスタイルでした。髪を染めるだけでTV局からクレームが来る時代ですから、彼らはメイク、ファッション、音楽すべての面で既存の音楽業界の枠を大きく打ち破ったのです。H.O.Tのライバルと言われたのがSechs Kies。H.O.Tの人気は次々とボーイズ・グループを登場させました。

今やヴァラエティで人気者になっているリーダーのムン・ヒジュンは、当時は傍に寄ることもできないほどのオーラを放っていて、あるTV番組の楽屋で見かけたときも、髪型ひとつ乱れることを許さない、アーティストとして徹底した存在感を打ち出していたのが印象的でした。
そして後期の音作り、プロデューサーとしてH.O.Tの要となったKANGTAは、現在もアーティストであり、SMの取締役であり、SMの後輩たちの良き先輩です。私が初めて渡韓したのは2001年、H.O.Tの後継者となったSHINHWAの取材でしたが、その時の韓国はH.O.Tの解散騒動でファンが悲しみに暮れ、何千人というファンが事務所前に解散しないでと訴えた、という記事が紹介された頃でした。ですからH.O.Tというグループの凄さはわかりましたが、彼らが残した功績は後になって知りました。のちにSとして活動を始めたKANGTAと仕事をする機会があり、彼の仕事ぶりを目にして、アイドルとしての存在でありながらも、音を作る職人として、キャリアを重ね、努力してきたことに驚きました。

KANGTAの自宅スタジオでのエピソード

2004年、「I Swear」の日本語ヴァージョンのレコーディングで、KANGTAの自宅スタジオであるKTスタジオに、イ・ジフン、ヘソンも集結して録音を行いました。日本からお客様が来るということで、KANGTAのお母様がスタジオをきれいに掃除していたというほんわかした話もありました。
地下のスタジオには、H.O.T時代の数々のトロフィーや写真などが飾られ、当時をリアル体験していない私には興味深いものばかりでした。KANGTAは、日本語歌詞のリクエストとして、「オリジナルの内容と異ならないようにする。でも、日本語でしか存在しない表現もあるのであとは任せる」といった寛大なものでした。今では日本語で歌うことは当然のことですが、当時は日本語で歌う意味を問われる時代でもあったのです。レコーディングを始めて、最初の難関となったのは日本語の発音以上に、あてはめた日本語の単語が、オリジナルの発音と異なる激音であったため、発音がしにくいという問題点がありました。私にとっては思ってもいなかった落とし穴でした。レコーディング後KANGTAから「オリジナルの発音を注意しながら日本語にあてはめていくと、韓国人には歌いやすい」というアドバイスをいただき、その後、SHINHWA、ソン・シギョン、イム・ヒョンジュの歌詞を作るときの教訓として生かされました。またコーラスの日本語を書き忘れていた私に、「10分待つから隣の部屋で作ってきて」と突然のお達し。宿題を忘れた小学生のような気分で机に向かったことも懐かしい思い出です。仕上がると出前のお寿司が待っていました。韓国での初のお寿司は、ちょっと酸っぱい印象でした。

KANGTAが東方神起にアドバイス
「今後を見据えて努力していくことで自分自身を乗り越えられる」



写真協力:Fm yokohama「Radio HITS Radio」


そんなKANGTAとは、台湾版「花より男子」のF4の一人ヴァネスとのコラボ・プロジェクトの時に再会し、懐かしく当時のことを話しました。東方神起が分裂した時には、H.O.Tも彼らの別れ方と近いものであったことから、「アーティストとして、地位や人気が上がることで変化することは否めない。それでもしっかり今後を見据えて、努力していくことで自分自身を乗り越えられる」とアドバイスしていました。
そんなプロデューサーとしての後押しが、二人に「Why? (Keep Your Head Down)」というEDMサウンドを取り入れた新しい東方神起を生み出すきっかけとなったのでしょう。

S.M.ENTERTAINMENTは、H.O.Tと入れ替わるようにSHINHWAを世の中に送り込みました。ここから日本におけるK-POPボーイズ・グループの歴史は幕を開けます。

次回は、SHINHWAのK-POPにおける功績を中心にお送りします。

<関連楽曲>
EXO    防弾少年団
SHINHWA    東方神起
SUPERJUNIOR

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